専有部分で犬を飼育している区分所有者に対し、管理組合が管理組合規約の規定に基づき、マンション内での飼育の禁止と訴訟提起についての弁護士費用相当の損害賠償を請求した事例です。
管理規約に基づいて定められた「共同生活の秩序に関する細則」で「小鳥および魚類以外の動物をしいくすること」が禁じられています。ところが被告側は、ペットを飼育する権利は、憲法13条(幸福追求に対する国民の権利)および29条(財産権)により保障された重要な権利であるとし、現在、ペット飼育の重要性が社会的に認知されつつあり、同時にマンションでのペット飼育を許容する条件が整いつつあると主張しています。したがって本件規定は、ペット飼育による被害が他のマンション居住者に具体的に発生している場合や、被害発生の蓋然性(確立)が存する場合に限り、飼育を禁止する主旨に解されるべきであると主張。つまりそれ以外は犬を飼ってもよいのではないかということです。
さまざまな価値観をもっている人たちが集合しているマンションでは、互いに節度を守ることで一定水準の住環境を維持し、共存していかなければなりません。したがってペットの飼育は、あくまで他人に迷惑をかけない限りにおいて自由に行うことができるとしています。区分所有者の中には動物の鳴き声や臭気、体毛などを生理的に嫌悪し、あるいはそれに悩まされる人たちもいます。また飼い主が十分注意しても、動物による病気の伝染など衛生面の心配があるかぎり、ペットの飼育については区分所有法の規定に従い、規約でその調整をはかることは当然できます。
すなわち、マンションは必ずしも防音、防水面で万全の措置が取られているわけではないし、バルコニーや窓、換気口を通じて臭気が侵入しやすい場合も少なくありません。こうした構造上、マンション内での動物の飼育は、糞尿によるマンションの汚損や臭気、病気の伝染や衛生上の問題、鳴き声による騒音、咬傷事故など建物の維持管理や、他の居住者の生活に有形の影響をもたらす危険があります。また、動物の行動や生態自体が他の居住者に対して不快感を生じさせるなど、無形の影響をも及ぼすおそれがあります。
さらに、飼い主およびその家族の良識と判断による自主的な管理にゆだねることは限界があり、具体的な実害が発生した場合に限って規制することとしたのでは、不快感などの無形の影響の問題十分対処することはできません。万一、実害発生の場合にはそれが繰り返されることも考えられます。したがって、規約を公平に明確に適応するとなれば、具体的な実害が発生しなくても、小動物以外の動物の飼育を一律に禁ずることにも合理性が認められます。
このことから、犬の飼育は前記共同の利益に反する行為として禁止することは、区分所有法の許容するところであると判断し、被告に対し、『マンションでの犬の飼育を禁ずる』旨の判決がなされました。
●この判決の後にも、管理規約のペットの飼育禁止の規定に基づく飼育の差し止め訴訟の判例がいくつか出ていますが、いずれも本判決同様に一律的なペット飼育禁止の規約を有効として差し止めを認めています。(東京高判/平成6年8月4日/平成8年7月5日)
●前記の東京高裁の判決では既に犬を飼育している区分所有者がいる場合に、規約を改正してペットの飼育を一律的に禁じても有効であり、この場合でもすでに犬を飼育している区分所有者に特別の影響を及ぼすものでなく、承諾は不要としました。
●判例の流れは以上のとおりですが、飼育禁止にはペットの処分という困難な問題もはらんでいますので、十分話し合いのうえ解決することが望ましく、規約改正の場合などは、ケースによっては、厳格な飼育条件を定め、一代限りの飼育を認めることも検討すべきと思われます。